車やモーターサイクルのメーカーとして知られる本田技研工業(以下ホンダ)が、電動アシスト自転車(eバイク)業界に参入というと、当サイトの読者なら「アシストユニットを作ったのか!」と思うかもしれないが、さにあらず。今回発表された「SmaChari」(以下スマチャリ)は、電動アシスト自転車用のソフトウェアサービスだ。
ホンダではすべての従業員を対象とした新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」という取り組みを行っている。
IGNITIONとは従業員が持つ独創的な技術やアイデア、デザインを形にして、社会課題の解決、新しい価値感の創造につなげる新事業創出プログラムのことだ。
これまではIGNITIONの社内審査をクリアして実施されたケースは2件ある。1番目は視覚障害を持つ方に向けた歩行ナビゲーションシステムの「あしらせ」。2番目は独自のバランスアシスト機能を持つ、ひとり乗りの3輪マイクロモビリティ「Striemo(ストリーモ)」だ。
これら2件はどちらもホンダの支援のもと、発案者は起業して(ホンダは退社する)新事業に取り組んでいる。
それらに対して今回紹介するスマチャリは独立ではなく、ホンダ社内での事業化を選択している、これはIGNITIONが開始されてから初めてのケースとなる。
スマチャリ開発のきっかけになったのは自転車通学をしている学生をはじめとする広い層に気軽に電動アシスト自転車を使って欲しいという考えだ。つまり一部の自転車趣味を持つ層だけでなく、社会的な規模で広げて行きたいという目標があるので、その規模の事業を進めるには独立より「ホンダ」であったほうが普及する速度を早めることができると判断したからと言う。
以上の部分から見えてきたのは、スマチャリをきっかけにホンダがeバイク業界(自転車業界)に参入してくると言うこと。発表会でホンダ側から「こうした言いかた」はなかったが、事実上、そう言うこと。これは大きなニュースであり、非常に楽しみなことで大歓迎である。
スマチャリとはなんだ?
スマチャリはホンダが開発したスマートフォンアプリを使用する「ソフトウ
エアサービス」の名称で、ホンダとして自転車本体の製造や販売は行わなず、
スマチャリの開発とユーザーへの提供のみを行うことになる。
「RAIL ACTIVE-e」に装備する小型のドライブユニットはホンダ製ではなく、ワ
イ・インターナショナルが用意する海外メーカー品となる。
これはクランクやチェーンリングがセットになっているので、さままざなタ
イプの自転車を電動アシスト自転車にすることができるもの。
そしてこの電動アシスト自転車化システムを制御するのがスマチャリアプ
リ。具体的にはスマチャリアプリを通じて電動アシストシステムの起動、個人
にあわせたアシスト出力の最適化、走行状態やバッテリー残量などの表示、故
障検知が可能となる。さらに便利な機能としてカロリー消費などが見られる走
行データ管理、スマチャリ同士での位置情報の共有なども行えるというもの
だ。こちらがサーバーを利用するサービスとなる。
スマチャリ発表会の内容を紹介
本田技研工業の本社が入るHonda青山ビル内ウエルカムプラザ青山で行われた「スマチャリ発表取材会」の模様をお伝えしよう。
発表会に登壇したのはスマチャリの開発責任者である本田技研工業の野村氏。野村氏によると自転車の国内の保有台数は約7000万台もあり、人々にとってもっとも身近なモビリティになっているということだ。
その自転車ユーザーのなかでも多くの割合を占めるのが19歳までの若者層で、さらに細かく見ると学生が通学の足として利用しているケースが多いという。
紹介したデータにあるように、地域によっては鉄道などの公共交通があっても利用者のニーズに合わないため、長い距離を自転車で移動するというケースは珍しいものでない。
ただ、長い距離を走ることは楽でない。野村氏も毎日の通学にエネルギーを割いてしまうことに不満と疑問を持っていたようだ。
ちなみにデータによると全国の高校生の内56%が自転車通学をしていて、そのうちの45%には経路に坂道などといったさまざまな課題があると言う。
さらに自転車が関わる事故についても、自転車通学中の事故は一般活用中に比べて5倍と非常に多いものになっているようだ。
こうした状況を打開する乗り物といえば電動アシスト自転車であり、自転車通学をする高校生では48%が電動アシスト自転車を手に入れたいと思っているそうだが、現状では自転車利用率が高い年齢層には普及していないという状態。この理由についてホンダは約1年かけて調査を行っていた。その結果見えたのが以下の内容だ。
高校生が乗る自転車はいわゆるママチャリだけでない。むしろクロスバイクであったりスポーツタイプの自転車が好まれている。そして色や形状の好みの幅も広いというものだったが、今発売されている電動アシスト自転車はそのニーズに対してまだ追いついていない状況(バリエーションが豊富な高価格帯eバイクは高校生にとって現実的でない)だ。
自転車ユーザーが「ホンダ」に求めることは幅広いものだったが、自転車のメリットは軽量で取り回ししやすいという面があり、そこは自転車としてとても大切な部分なので、野村氏としてはいたずらに装備を増やすという考えはなかったそうだ。
そのかわりに手掛けたのが、自転車をもっと自由に安心なものにするための進化の形をソフトウエアで展開して行くことだった。それが「スマチャリ」というサービスである。
スマチャリは一般のペダルバイクを電動アシスト自転車化する際の”制御”を行うので、車体とあわせた利用法になる。 構成としては電動アシスト自転車を構成するドライブユニット、バッテリーを自転車メーカーや販売店が用意し、それを制御するアプリケーション(スマホはユーザーが用意)と、その先にあるサーバーがホンダの領域(スマチャリ)となる。これらによって自転車の電動化、及びコネクテッド化を行うのだ。
この仕組みを作ることにあたってホンダでは、さまざまな自転車に取り付けした際に適正な出力になることや、法規を満たすこと、さらに組み立ての品質も重視することをおこなった。それらによってユーザーが安心して乗れるものとしている。こうした幾十もの安全や安心への対策を施すのは自動車メーカーらしいことである。
そんなスマチャリはY’s ROAD(ワイズロード)より「RAIL ACTIVE-e」というモデルで9月に発売予定だが、その後は各自転車メーカーや販売店に各種のライセンス、コネクティッドプラットフォームを提供していくことも視野に入れている。これが実現するとホンダの技術が入った電動アシスト自転車やeバイクが数多く登場するということになる。これはすごいことだ。
スマチャリを搭載した「RAIL ACTIVE-e」の実車は4月15~16日に開催される「CYCLE MODE TOKYO 2023」で展示されるので、会場に行かれる方はぜひ「RAIL ACTIVE-e」を見て欲しい。
筆者のスマチャリへの印象としては、ターゲット、及び価格帯的に、昭和から平成の時代で若者層の乗り物であった「原付スクーター」のように、比較的気軽に購入できて便利に乗れる存在の電動アシスト自転車を生み出すのではないか?と感じた。そうだとするとそれなりに普及している電動アシスト自転車に、もうひとつ先の新しい時代が来るということ。これは先が楽しみだ。